橘川幸夫のブログ

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続・林雄二郎さん
2006年8月28日 21:47

 久しぶりに林雄二郎さんと会った。大手町ビルの2階にある日本フィランソロピー協会だ。80年に最初に会ったのは、新宿の三井ビルにあるトヨタ財団だったが、九段の未来工学研究所や、虎ノ門の日本財団や、神谷町にあった日本フィランソロピー協会など、僕は何か新しいことを始めたり、本を出したりすると、僕は林さんに報告に行く。80年のはじめ、まだ「エスニック」というものが普及していなかった時代に、林さんはよく都内のエスニックレストランに連れていってくれた。当時は、トヨタ財団の仕事で東南アジアをよく回っていたので、アジア料理を食べながらアジアの文化と日本の文化について話してくれた。いつも江戸っ子のベランメイ調で、笑いながら世相を斬っていた。
 今日も、いきなり「小泉純一郎はしようがねぇなあ」という口上から始まり、90歳とはとても思えない声量と速射砲のような弁舌である。
 今回、訪問したのは、林さんが1969年に出した「情報化社会」と1970年に出した「高度選択社会」の2冊の本をオンブックで発行させてくれというお願いだ。僕は処女作の「企画書」という本を書き終えた時に、「情報化社会」という講談社の現代新書を読んで、驚いてしまった。自分がようやくまとめた論考の発想を、10年も前に書き終えていた人がいた、と。思わず、長い手紙を書いたところ、返事をもらって、それ以来の付き合いだ。書いたばかりの「企画書」のゲラを持参したら、推薦文を書いてくれた。僕にとって大事な本である「暇つぶしの時代」も、林さんに序文を書いてもらった。
「情報化社会」は、大型コンピュータが日本に5000台ぐらいしかなかった時代に、コンピュータ・ネットワーク社会の本質と問題点をえぐり出している。それは今読んでも色褪せることのない問題意識である。むしろ今こそ、これから社会に出る若い人たちに、この本を読んでもらいたいという思いで、復刻をお願いした。
 情報化社会という言葉は林さんが作った言葉だが、マイコンという言葉も、マイカーという言葉があるのだから、やがてマイコンという時代が来ると、1969年に書かれている。しかもそれらが電話回線でつながるということも具体的に書かれてあるのだ。
「情報化社会」の本は、10万部を超えるベストセラーになったが、続編の「高度選択社会」はそれほど売れなかったようだ。今、読むと、こちらの方がより具体的に現在でも充分に刺激的な社会構造提案が書かれてある。なによりも書名とサブタイトルの「マルチ・チャンネル・ソサエティ」という概念はオンブックのコンセプトそのものではないか。
 林さんの快諾を得て、早速、作業に入ることになった。
 新人作家の新刊もよいけど、実は、現代社会に本来残っていなければならない本が、数多く絶版になっているのだ。こうした本を掘り起こして、次の世代につなげていくこともオンブックの役割だと思っている。
 林さんとの談話はいつも楽しい。東京情報大学の学長時代に文科省の役人ともめた話しや、「文科系と理科系という分類方法はおかしい。浮世系と浮世離れ系とに分けるべきだ」という持論や、お孫さん(作家の林望さんの娘さん)がロンドンで画廊を開いたが名前が「ギャラリー雄二郎」というのだとか、「日本人は個人としては知と徳を持っている人が多いのに、それを社会的な公知や公徳にする力が弱い」というドキッとする視点なども見せてくれた。
 別れ際に林さんは「君は相変わらずサエてるなぁ」と言ってくれたが、なんだか子ども時代に同世代の友人に言われたように嬉しかった。
 フィランソロピー協会を出ると、隣はNPO協会だった。ここは、山岡義典さんがいるのだろうか。山岡さんは、NPOの法律を作る時に奔走した人で、トヨタ財団で林さんのスタッフだった。僕が、林さんと山岡さんとの3人で編集・執筆した本がある。「生活情報論」という教科書である。今度、林さんの所に行ったら聞いてみよう。

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