昨日の夢は、北海道に行くコミュニティ飛行機に乗り遅れるというものだった。なんだ、これは(笑)
さて、僕は「学校」をとりまく内外の状況が現代日本の最大の危機だと思っているが、いろいろな現象を見ていて、気がついたことがある。それは、「先生が尊敬されていない」ということである。本来は先生は尊敬されていたものであり、尊敬に価する人を「先生」と呼んだのである。もっとも立場を権力として、むりやり「尊敬」を生徒に強いるような先生もいたが、それはそれで人間教育の一環だろう。夏目漱石の時代を見れば分かる。
尊敬される先生、というは現代では難しい。でも、そういう関係を築こうとしていかない限り、教育の混乱はますます加速するだろう。
そんなことを思いながら、ふと気がついた。出版界も同じようなことが起きている。出版の世界では著者が「先生」と呼ばれるが、それは表面的なことで、出版の現場では編集者が先生で作家は生徒だった。一人前の作家になるというのは、そこから卒業して一本立ちするということであった。坂本一亀のような戦後文学の礎を作った編集者が、強烈に作家見習いを指導したのだ。
僕らの時代で言えば、書籍の時代よりも雑誌の時代だったので、講談社の内田勝さんと、平凡出版(現・マガジンハウス)の木滑良久さんが、尊敬する2大編集者であった。この二人も、外部の人間に対してはともかく、編集の現場では、とても怖い存在であったという。
編集者が尊敬されなくなり、怖がられなくなったのは、いつぐらいのことだろうか。80年代ぐらいからだろうか。ちょうど、山崎浩一、いとうせいこう、中森明夫ら、もともと「編集者」であった才人たちが世の中に登場しはじめた頃からだと思う。編集者が編集を放棄し、自らが発言者としてセルフプロデュースをはじめたのだ。それは、中森が当時「これからはシステムの時代になる」と言っていたように、アナログな編集教育をする編集という仕事が無力になっていったからだと思う。システムの時代は脱編集の時代でもあったのだ。
そして、現在のように、携帯でノートのような原稿を書いて、それがそのまま出版されたりする。インターネットのブログがそのまま本になったりする。それはそれで望ましい現象であり、「参加型メディア一筋」の橘川にとっては、待ちこがれていた世界なのだが、本来がひねくれものだから「こういう時代だからこそ、編集の力が、もういちど必要だ」と思ってしまう。
出版界を見ても、やたらと生意気な著者が多くなり(笑)編集者を本を出すための道具かサービスマンかと思っているような人が少なくない。最初から「先生」なのだ。そういう人たちは、わざわざ出版社の編集者なんか必要ないから、自分で出版社を立ち上げればよいのだ。確かに「尊敬するに価する」編集者が少なくなったのも事実だが、もっと出版社というのは数多く立ち上がってよいはずだ。
近代の編集文化が伝統として残っているのは、マンガの世界である。マンガは、週刊の発行という人智を超えたスピードで発行されるので、編集者のサポートがなければ、マンガを書き続けられないので、編集者の力が必要とされている。まぁ、逆に、編集者の力が発揮されすぎている場合もあるが。だから、賢いマンガ家は、週刊誌ではなく月刊誌を作品発表の場として確保する。マンガが日本固有のカルチャーとして世界で評価されるようになったのは、名も知らぬマンガ編集者たちの力が存在していたことであろうことを、忘れてはならない。
僕らは、オンプックという、ハードルを極端に低くして書籍発行が可能なソリューションを用意した。同時に、これを「ドロップ・シッピング」のような100円ショップのようなものにしないためには、「本にすべきものだけを本にする」というハードルが必要だと思っている。それは、おそらく「新しい教育システム」になるのだろうと、まだ漠然とだが思っている。僕が数年前からやっている「リアルテキスト塾」というのは、たぶん、オンブックというシステムが動きはじめる予感によって、動かされたものなんだろう。
ということで、まず動いてみて、動きながら考えて、考えたことで次の動きがはじまる。
新しい時代の「エディタースクール」が必要なのだと思う。