8月20日(月)
◇小崎祐美の案内で根室で蟹を買って東京に送る。安い。その後、別海町の教育委員の人や、小崎の両親に会って、中標津空港へ。中標津は「グレードの高い田舎」と言われてるらしい。おしゃれな家がたくさんある。産業はないが自衛隊があるからだろう。
◇東京は暑すぎる。荷物を抱えて事務所へ。メールが山のように溜まっている。
◇教育CSR会議を本格的に開始する。北海道の旅の間に、いろんなことが整理出来た。
8月21日(火)
◇目黒にあるクレアンの東京事務所に、京都の北田くんに連れられて、園田綾子社長を訪問。この会社は、CSRリポートの制作で評価の高い会社だ。大企業が殺到しているらしいが、40社しか受けないというポリシーのようだ。園田社長は、CSRに対してまっとうな見識を持っている人。勉強になった。今後も、いろいろ協力してもらうことになりそうだ。おみやげにクレアンが主導している「マイ箸クラブ」の箸をもらう。
◇写真についての論考をまとめることにした。サークルサイトを使って、動きを始める。
8月22日(水)
◇午前中、東大生3人+早稲田生2人が来社。教育CSRに関連して一緒に活動することになった。学生の人で、教育CSRについて関心のある人は「こちら」に登録してください。
◇日販の松島凡ちゃんが合流し、みんなでランチ。
◇インサイトコンサルディングの槇本さん、来社。人材研修のエキスパート。教育CSR会議にとっては、貴重なパートナーである。槇本さんの話によると、もうすぐ携帯電話の販売会社に対する保証金(キックバック)が廃止になる。そうなると、駅前の賑やかな携帯電話販売ショップが撤退する。東京はともかく、地方
都市などで、これがなくなると一気に寂しい風景になるし、フリーターたちも失業する、とのこと。
◇夕方から、ベネッセの会議。橘川が80年代初期に編集した「大学生ですよ」(ライオン社)という単行本を見せる。裏面で20代後半の橘川の写真が載っている。それは確か、夕刊フジに掲載されたもので、まだウォークマンがない頃に、バッグにラジカセを入れてヘッドホンをつけて電車通勤しているサラリーマンがいる、という記事の時の写真である。当時、僕は駒沢の自宅から飯田橋のポンプ編集部まで音楽を聴きながら通勤していた。
◇会議終了後、フレンドリーの後藤くんは仕事で帰ったが、残ったみんなで、近所のポルトガル料理の店へ行く。
8月23日(木)
◇午前中はロッキングオンの会議。午後からオンブックとオデコの会議。
◇教育CSR会議の雑誌創刊号が出来る。さて、すべては雑誌から始まるのだ。
8月24日(金)
◇教育CSR会議の金子くんと打ち合わせ。教育CSRで問題なのは、現在の企業のパワーだと、単発のイベントでしか実施出来ないということだ。全国3万近い小中学校に対してサポートするのは、単一の企業では無理だ。何らかしらのコンソーシアムが必要だと思う。
◇渋谷のガイアックスへ。上田社長は8年ぶりくらいの再会。ネットサポートのノウハウのある会社だが、学校には金がない、という状況をどうクリアーしていくかが課題だ。
◇銀座で野澤さんと、「環境教育」についての意見交換。こちらも定例会議をやらなければならなくなるだろう。
8月25日(土)
◇午前中、滑川海彦と市川昌浩が来て、デメ研リポートの打ち合わせ。滑川がリンデンラボの本社を訪問してきたので、そのあたりを中心にリポートを編集する。
◇東急エージェンシーの小柳くんと、太田くんが合流。みんなでイタメシへ。太田くんは、初めて会うのだが、以前に僕から電話をもらったことがあると言う。彼が、学生の時にポンプに投稿したら、僕から電話があって「君が投稿してくれた原稿を無くしてしまったので書き直してくれないか」(笑)というものであったらしい。ほのぼのとした時代だった。
◇メインのパソコンが壊れる。原稿のメモがいろいろ入っているので、それだけは取り出したいが、無理なら仕方ない。こういう時は昔から市川が助けてくれる。
◇20世紀が終わった時に「次の時代は20世紀とは違う仕方で仕事をしなくては」と思った知人が何人かいる。しかし、その方向性は180度違う方向に分かれた。20世紀を反省し乗り越えて行くスタイルと、より20世紀の方法論を尖端的にしたものと。土日は雑用したり、洗濯したりして、僕なりの21世紀ライフスタイルを考えるひとときだ。
▲人間と自然