●橘川幸夫
大庭みな子の全集が日経新聞社の出版局から出た。 全25巻だ。構造的にも状況的にも出版界は不況のど真ん中なのに、なんで日経が全集を、という思いがする。昔はちょっとした作家であれば全集が出た。それ は、出版社と作家が深い結びつきがあって、家族のように出版社は作家を守った。全集とは、家族の一員である作家の葬式のようなものであった。しかし、今 は、売れてる作家は、どこの出版社からも声がかかるので、いろんな版元から出している。出版社の側も作家を一から育て上げるということはしなくて、またそ のノウハウも断絶してしまった。昔は、無名の作家を発掘して一人前にすることが出版社の役割だったのだが、今では、売れてる作家を呼び込むことが編集者の 仕事だと思ってる。そんなの営業マンに過ぎない。
大庭みな子が68年に「三匹の蟹」で登場した時、僕は18才。色彩が浮かび上がってくるような文章の力に震えたものだ。娘の若さに女として嫉妬す
る姿は、新鮮な驚きだった。僕は10代の時に「三匹の蟹」「幽霊達の復活祭」読んで、その後は一切読んでこなかったが、文学がもっと好きだったら、その後
も追っかけただろう。僕は文学が好きなのではなくて、言葉が好きだったのだ。文体の魅力は初期の作品を読めばそれで充分。読みはしなかったが、初期の作品
は好きだったし、気になる存在であったことは違いない。
大庭みな子の全集は講談社から生前に出ている。大庭みな子は「群像」からスタートして、講談社が育てた作家である。生前葬として講談社が出したのだろ
う。まだ講談社も力のあった時代であった。それが今回、日経新聞社から出るというのは、何か背景があるのだろう。だいたい、日経新聞社が文学全集を出した
なんていうのは聞いたことがない。もしかしたら、旦那の大庭利雄さんの意志が働いているのかも知れない。アラスカのパルプ会社を早期退職して、作家として
の女房を支えてきた。この全集は、彼にとっての葬式なのかも知れない。
日本の家が崩壊し、個人のようなものが、崩壊した家の壁からにじみ出てきた風景を描いたのが大庭みな子だとしたら、日本の出版社も家としての役割 はとっくに崩壊しているのだろう。あれは80年代、バブルの進行とともに、日本中の家のような組織が崩れて、役割を放棄し始めた。誰も、子どもを産み育て ることをしなくなって、手っ取り早い出来合いの作家やライターを重宝した。出版だけではない、製造業も流通業もコンテンツ産業も、あらゆる業界が、新人を 育てることを放棄した。派遣やアルバイト活用が活発になったのは、家の崩壊のその後であった。
大庭みな子の「ふなくい虫」が懐かしくなった。あの頃に戻って、もう一度、線を引き直さないと、未来は永遠に見えないのかも知れない。