津田真の「0.8秒と衝撃。」ライブリポート []
2010年1月11日 00:43
◇ブログで津田真くんの「0.8秒と衝撃。」ライブリポートを読んだ。言葉のすみずみまで注意が払われていて、見るべき所を見て、語るべき所を語っているリポートだ。本人の了解を得て、再掲載させていただく。(文章は携帯で書いているので読みにくいので、僕の方で整形しました。内容は変えてありません。)(橘川幸夫)
0.8秒と衝撃。
1月7日、木曜日。
新宿、MARZ


●津田真

 ぼくの今年の初ライブは、0.8秒と衝撃。。
「。」までがバンド名ですから、一応。

 メンバーは、塔山忠臣(♂/歌とソングライティング)J.M.(♀/歌とモデル)の、ふたり。アルバムは、一聴していわゆる宅録、ないしは宅録的な作りと判る作品。だが、そんなことはどうでもいい。宅録という言葉で括れる作品なんか、ぼくは最初から興味ない。08年に、ぼくは相対性理論とミドリが良いと言ったが、09年には、school food panishmentと、0.8秒と衝撃。が良いと思った、ということだ。

 ライブではどんな音なのか、それがまずは気になるところ。サポートメンバーは、ギターふたりにベースとドラム。全部で6名がステージに立つ。

 セッティングの時から好感を持ったのは、無駄な音を出さない点。淡々と、やるべきことだけをやる。本当は当たり前のことなんだけど。

 本番も、そうした在り方のバンドだった。客電が落ち、薄いカーテンのようなスクリーンが上がる。1曲目はアルバムでもトップを飾る"POSTMAN JOHN"! ラジオでこの曲を1度だけ聴いて、ぼくはアルバムを買いに行った。シーンへの目配り、とか、現代に鳴らすべきロックとは、みたいな観点からは優れた表現なんて生まれない。あのバンドもこのバンドも間違ってるなぁ、と感じていたところにいきなり正解を突き付けられたようだった。

 内的必然を突き詰めたものが、普遍性を獲得する。
 ジョン・レノンがそうだったように。

 最近の日本のロックバンドには、インディーからメジャーまで関係なく、ある種の流行りがある。アレンジでキメをたくさん作ってみたり、サウンドのスタイルに合わせて中身を変えてみたり、歌詞に社会性を盛り込んでみたり--。そうした方法はすべて余裕があるから出来ることだ。0.8秒と衝撃。は全く違う。塔山忠臣はぎりぎりの地点でヒリヒリした音を鳴らす。彼の在り方がステージ全体を支配していた。

 ふたりのギターはそれぞれ、レスポールとテレキャスター。テレキャスの方が、コーラスやディレイを使った音作りで、リードやアルペジオを担当することが多いようだ。ベースはリッケンバッカー。サポート4人全員のノリが、バンドをしっかり理解していると感じさせるものだった。

 最初の3曲、センターに立った塔山忠臣は、マラカス2本をミック・ジャガー風に束ねて持ち、スタンド・マイクに向かった。チノパンに長袖のTシャツで、狂ったように踊る。いや、踊りとは違う。「踊り」には余裕がある。他にあんな動きをするのは、甲本ヒロトくらいか。

 ちなみに塔山忠臣は、見た目はくるり岸田に似ているのだが。頭を振り過ぎてメガネを飛ばした時、素顔まで似てると思った。

 J.M.は、ステージに向かって右に立った。やはりスタンド・マイク。金か銀(照明で判別つかなかった)の、くるぶしまでのブーツ。赤いタイツにミニスカート。上は、イチゴがたくさんプリントされた半袖の衣装。彼女は物凄く、細い!しかもミニスカートの裾の、すぐ下辺りに、タイツの上から太股にパスを貼っている。峰不二子が拳銃を隠している辺りである。新しい、そしてセクシい。

 J.M.の歌の比重は、アルバムより増えていた。歌うパートも、塔山忠臣が多重録音していたところを担当したり、結果的に通常のデュオ的な関係に、一歩近付いている。だが、何にいちばん近いかといったら、要するにかつてのプリファブ・スプラウトにおけるウェンディである。単なるコーラスとも、オーソドックスなデュエットとも違う、バンドに不可欠なもうひとつの声。そしてその在り方が、バンドの独自性をあぶり出す。塔山忠臣に負けず劣らず、髪を振り乱して動き、歌い、シャウトする天使、それがJ.M.であった。

 髪といえば。塔山忠臣の「散髪に失敗しました、0.8秒と衝撃。です」というひと言から始まったライブだったが。喋りはほとんどなかった。4曲目からは塔山忠臣が生ギターを抱えたのだが、"この世で一番美しい病気"の前に、ちゃんと歌います、みたいなことを言ったくらいだ。ライブ告知も、物販でCDを売ってることも、ホームページがあること(しかも2種類)も、何も言わなかった。でも、問題ない。

 そしてまた、シャウトといえばJ.M.よりもむしろ塔山忠臣だ。ロックシンガーのシャウトとはいかなるものか、彼はしっかり掴んでいる。あんなシャウトは久しく聴いたことがない。ただ闇雲に叫べば良いってものでもない。シャウターとして、天性の資質が備わっている。CDを聴けば判ると思うけれど。佐野元春がオノ・ヨーコ&ショーン・レノンと一緒にレコーディングした"エイジアン・フラワーズ"、あのラストで、元春の凄いシャウトが聴けるのだけど、それがチラチラ頭をよぎる。これは、最高の賛辞のつもりです。

 それから。塔山忠臣の生ギターには、ブリッジの後ろにデカデカとステッカーが貼ってあった。ラフトレードの。また、ハーモニカを吹く曲もあった。

 そういうバンドなんだな、要するに。彼らは自らのジャンルを規定しない。ジャンルという《一部》ではなく、トータルで音楽を掴まえようとしている。ロックにおける、全体性の獲得。本来ロックはそこに向かうべきなのだ。0.8秒と衝撃。は、真っ直ぐそこに向かっている。

 アルバムのタイトルは『ズー&レノン』で、80年代のニューウェイブと60年代のサイケデリックを、ネオサイケとは違う感覚で結び付け、作詞作曲編曲をこなした上に、全楽器を演奏する男性シンガーと、物凄く魅力的な《謎》としてそこにいる女性シンガーがいて、ジャケット写真は猫、ライナーノートを書いているのは、何と橘川幸夫(!)。

 知識も技術も才能も、あって当たり前。
 それらが
《備わっているかどうか》
 ではなく、
《備わっていて当然、という認識を持っている》
 ことが重要--
 0.8秒と衝撃。は、そういう前提で活動しているのではないだろうか。

"ヴァイナルジャンキー"で彼らは宣言する。「SOS、SOS、僕達は今、神に誓って、間違えています」。ステージは終始ハイテンションだった。自分たちを崇めるな、音楽以外は求めるな、馴れ合うな--そんなオーラを発していた、ように感じた。ラストの"黒猫のコーラ"を聴きながら、ぼくは思った。0.8秒と衝撃。は、正しい。神に誓って。
津田くんのブログ「クレーター通信」はこちらです。

copyright©2009 DEMEKEN All Rights Reserved.