2010年の政治状況私感
[社説]
2010年4月20日 22:21
政治状況について整理しておく。
◇昨年の民主党政権の誕生は、民主党の勝利ではなく、自民党の敗北である。多くの人は戦後営々と続いた自民党体制・戦後体制にNOを突きつけたのであって、民主党を絶対的に支持したわけではない。
◇そして、選挙が終わって半年、民主党のダッチロールよりも、ひたすら自民党が負け続けていることが政治的に重要だと思う。自民党という戦後政治は、ひたすら崩壊を続け、解体を続けている。官僚の中に巣くっていた自民党政権の残滓がさまざまなリークを仕掛けたとしても、それはイタチの最後屁であろう。権力はやがて、官僚体制を含めて、完全に民主党体制になる。
◇鳩山政権の支持率急落が、あたかも民主党政権の危機のように語られているが、それは誤解であるか、分かっていてあおる自民党政権時代に癒着してきたマスコミの願望である。支持率が下がれば下がるほど、衆議院の解散は遠のき、民主党の権力構造は堅くなる。あと3年以上の間、衆議院の多数派は民主党が支配するだろうし、政権にある限り分裂もないだろう。政治家は権力をとりたくて政治を目指すのであって、権力の座にあるものは、よほどの好機でもない限り、権力から離れることはない。
◇さまざまな新党が誕生しているが、これらも民主党の利となる。どのような新党が出来ても民主党を超える大政党はありえなく、大政党は民主党一党であり、あとは少数政党となる。そして、新党のすべてが、民主党とは連立を組めるが自民党とは組めないだろう。自民党と組んでも3年間は政権を取れないのだから、組む理由がない。これは公明党でも同じことである。
◇これから政治家を志望する候補者も、同じ理由で、よほどの恩義でもない限り自民党から立候補したいとは思わないだろう。かくして、自民党の敗北は、未だ、現在進行形なのである。というより、自民党政治は小泉政権以前に一度、沈没寸前だったのに、小泉政権の熱狂が自体を複雑にした。
◇僕は、民主党を支持してるわけでも、ダッチロールを許しているわけでもない。ただ、それよりも、戦後社会の崩壊が、自民党の崩壊という過程にあることを、もっと注目すべきだと思う。そして、自民党政権と一体となってビジネスをしてきた企業たちが、民主党政権とどのように関係していくのかに注目している。自民党政権の時と同じ構造になるのか、あるいは全く違う形の関係を作れるのか、僕らの生活にとっては、ここが最も重要だと思われる。
◇民主党は、「自民党が負けた」のではなく「自分たちが勝った」と思って、マニフェストを教条主義的に実施しようとして、混乱した。普通に考えれば、政権移行した直後は、旧政権の悪行を徹底的に叩くことで国民の関心と支持を集め、その間に、官僚構造の支配を徹底するものだろう。自民党は許せない、として投票したのだから、その流れに乗ればよかったのだ。なのに、自分たちが期待されたと思ってしまったところに、最初の誤解があるのではないか。
◇僕は、日本には、アメリカのような二大政党制は合わないのではないかと思っている。また単純な一党独裁も似合わない。明治維新の時に、明治政府は、敗北した徳川幕府の人材を多く登用した。勝った者が負けた者を殺戮しなかったのだ。民主党の政権はしばらくは続くだろうが、民主党中心の連立政権になると思う。自民党だけが外された大連立だろう。むしろ自民党の中の人材ですら、一本釣りで大臣に登用することさえ考えられる。それをやって、党内を押さえられるのは小沢一郎しかいないだろうが。
◇政治に満足した国民は歴史上いないだろう。いたとしたらファシズムでしかない。僕は、政党の人間であろうと、官僚であろうと、一緒に付き合える人とは付き合う。政党をひとくくりにして、ダメ出ししたり、賛同したりすることはしたくない。権力の現実をみつめながら、そうやって、今日も、政治家の発言や行動を見ていく。
◇崩れて行く戦後体制。新しい体制を築くのは、政党ではなく、一人一人の個人の意識と力であると改めて思う。だから、権力構造に対しても、野次馬のような批判も拘泥もせずに、冷静に見極めた上で付き合うべきだと思う。