iPad電子書籍の可能性 []
2010年6月17日 20:22
iPad版「深呼吸する言葉の森」リリース開始。

●橘川幸夫


◇2010年6月10日に、iPad版の深呼吸する言葉をリリースした。4月のはじめにアメリカで発売になったiPadを入手してから、日本での発売に合わせてコンテンツを開発し、リリースした。iPadという新しいメディアツールの登場を予感して、僕たちと同じような動きをした人たちは少なくないだろう。ただし、まだ見かけるコンテンツは、テキストであれゲームであれ、旧来のコンテンツの焼き直しが多い。せっかくの新しいメディアの登場なのに、同じエネルギーを投じるなら、もっとクリエイティブの方向にかければよいのに、と思う。

◇「深呼吸する言葉の森」は、1000のテキストと300枚の写真のデータベースを作り、ランダムに表示するものである。新しい書籍の構造をイメージして作られた。詳しくは、オンブックのサイトをご覧ください。市川くんが作った映像マニュアルもYouTubeにあがっています。

◇さて、iTuensで販売を開始してみて、さまざまなことを発見し、気づかされた。これまでの書籍だと、著者や編集者は1冊の本を入稿し、市場に出してしまえば、あとは中身のことはあまり気にならない。よほどのことがなければ手直ししようとは思わず、次の作品の方に向かうだろう。これまでの出版ビジネスは印刷費を投資するスタイルなので、一度発行してしまえば、それを新たに再構築するには、再度、投資が必要になるからだ。出版社にとっては、まず初版の印刷費の投資回収が最初のハードルだ。

◇ところが、iPadのコンテンツは、そういうものではなかった。印刷費の投資がなく、マスターデータを手直しすれば、簡単に改訂版が作れる。実際、他のコンテンツを見ても、多くのコンテンツが「更新」されている。旧来の書籍にとって、発行がゴールだとしたら、電子書籍においては、発行はスタートなのかも知れない。永遠に完成しえないものについてのスタートである。これは、むしろ、雑誌創刊の感覚に似ている。オンデマンド出版もこの形に近いが、マーケットも小さく、そこまで改訂・更新を重ねるコンテンツはなかった。オンデマンドでもリアルなものは、その都度、ユーザーに購入してもらわなければならないが、電子書籍だと、更新は無料になる。更新を続けることにより、新しい読者も獲得しえる、というモデルではないだろうか。

◇僕たちの企画は、僕と編集者の市川くん、エンジニアの大江くんの三人で作ったのだが、実際の仕組みについては編集者とエンジニアが主導で作られた。僕は素材の提供と基本的な考え方を提示しただけだ。そして、むしろ、発行以後の方が、著者である僕が、編集者やエンジニアに、いろいろと注文を出したりすることが増えた。現在は、「更新」に向けて動いている。

◇電子書籍の制作についての、こうした制作過程も、新しい可能性を感じさせる。旧来の出版ビジネスは、出版社が主役であり、印刷会社が副主役であった。著者や編集者は、その枠組みの中でしか動けなかった。それは、出版ビジネスが印刷投資ビジネスあり、流通からの回収作業といった金融ビジネスであったからだ。印刷投資や回収作業のリスクが減れば、出版社の立場は無限に小さくなる。

◇著者と編集者とデザイナーとエンジニアといった個人が中心になれば良い。僕は、音楽の世界のように、出版活動が「バンド活動」に近くなると思ってる。それぞれが能力を現物支給すれば、投資は不要になる。あとはそれぞれのやり方で収益をシェアすればよい。グループサウンズが登場した時や、大学に無数のアマチュアバンドが登場した時代のような動きが始まればよいと思ってる。電子書籍は、著者が自分で書籍を発行するものではない。それぞれのパートを理解したメンバーが有機的に結合してこそ大きな力を発揮する。

◇さて、「深呼吸する言葉の森」だが、リリースの一週間の売上げは以下。

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2010/6/9    01    
2010/6/10    12    
2010/6/11    11    
2010/6/12    25    
2010/6/13    22    
2010/6/14    10    
2010/6/15    14    
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合計95本。

◇これが悲惨なのか健闘なのかは分からない。ランキングではトータルで150位程度につけていて、カテゴリー別のブックでのランキングでは15位以内に入っている。

◇現状では、まだマシンの普及が15万から20万台前後と推測される。ソフトバンクでも予約待ち2週間という状況なので、ニーズに生産体制が追いつかないのだろう。今後、100万台、300万台という普及の流れが出来れば、コンテンツの販売が加速すると思われる。そして、その流れに合わせてコンテンツを更新していけるのだとしたら、最適なポジションではないだろうか。

◇ただし、悲観的な見方をすれば、「iPadのコンテンツは売れない」という見方も出来なくはない。この販売数字でランキング上位にいるということは、他のコンテンツも推して知るべきである。僕を含めて、現状で、有料コンテンツを買っているのは、コンテンツ提供側の人間が開発の参考のために購入していると考えられないことはない。多くの人は、無料コンテンツだけで充足してしまう可能性もある。いずれにしても、有料に価する、独自のiPadコンテンツを目指さない限り、iPadドリームは成立しないだろう。

◇他方で、iPad以外のマシーンの開発の噂もいろいろと聞く。iPadが切り開いた、新しい電子文化は、新しい電子コンテンツの可能性であり、さまざまなインディーズ・電子バンドの登場を期待する。

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