はじめの言葉(リアルテキスト塾京都分校開設宣言) [][][]
2012年2月 9日 20:34
はじめの言葉

 日本は国民主権の国だという。議会制民主主義は、国民ひとりひとりの一票で国の方向が決まるのだと言う。本当だろうか。建前はすべて正しい説明だが、実体としてそのことを感じている人は少ないのではないのか。

 理由は分かっている。国民主権の「主権」は僕たち一人一人の意志でつかみとったものではないからである。明治維新の時は明治政府から、戦後はアメリカ進駐軍から、一方的に与えられた「権利」だからである。明治維新は革命ではない。国民ひとりひとりの意志と情熱で起きたものではない。古い勢力の中の官僚組織が連携して権力装置を交換したものである。国民は決まったものに従い、選挙権を与えられたのに過ぎない。明治維新は武士官僚による官僚のための政変であり、大衆革命ではなく官僚革命だと思う。坂本龍馬は地方公務員なのである。その勢力構造は現在も何ら変わりがない。

 僕は1969年に大学でミニコミ作りがスタートして、音楽投稿雑誌「ロッキングオン」全面投稿雑誌「ポンプ」を創刊し、パソコン通信、ニフティ、インターネットと、参加型メディア一筋で生きてきた。来るべき社会は、参加型社会になると確信していたからである。しかし、僕が1969年に確信した未来イメージは、不細工に加工されてしまった。

 参加型システムの一番大事なキモは、参加型システムに参加したいという、ひとりひとりの情熱と意志である。参加型システムが最初にあるのではなく、コミュニケーションを希求する、ひとりひとりの個人の想いが大前提なのある。その意志を内在しない個人が、与えられた参加型システムに参加しても、それは「参加させられている」に過ぎない。現在の議会制民主主義も、あるいは裁判員制度みたいなものも、これまでの体制の崩壊を食い止めようとする、明治維新以来の旧勢力のポーズとしての延命策に見える。

 一夜の革命なんて信じない。時代は、常に、長い時間のグラデーションを保ちながら古い勢力や価値観が希薄になり、新しい勢力に移り変わっていく。今、僕たちが、自分たちの未来に希望を抱くなら、自らの中にある独自のコミュニケーション欲求を信じ、育てていくことしかない。ひとりひとりが全体への参加の意志と情熱によって他者を求めはじめた時に、はじめて本当の参加型社会が誕生するはずである。古いみせかけのシステムに閉じ込められていることに満足しない、裸の自分を表現していくしかない。

 とゆーことで、リアルテキスト塾は、ひとりひとりの個人の中にある、コミュニケーション欲求をうながすための秘密の教室としてスタートした。昨年以来の日本の大変換期にあって、より多くの人たちの出会いと融合を願って、リアルテキスト塾京都分校を開始します。みなさんよろしく。

 今後、各地で開講予定ですので、他のみなさんもよろしく。

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